As a Christian some people wonder how I could visit a Buddhist temple or Shinto shrine in Japan. This can make some Christians feel very uncomfortable visiting a place that has a different form of worship than their own. Yet, some can easily visit places other people worship such as sporting events, department stores, and entertainment venues. This blog is not about encouraging you to visit them if it makes you feel uncomfortable. However it is to give you reasons why I can visit these places and feel God near me. 1. Relationship Building relationships with the Japanese people is so important to me. Japan Reach started from one relationship with a mom in the middle of a crisis. As a result of this one relationship many more have blossomed. Keeping these relationships strong and caring about what is meaningful […]
一人の人に手を差し伸べることをないがしろにして、そんなことは何にもならないとは決して考えないでください。 ジャパンリーチは一人の方との関わりから始まりました。その結果、その一つの関わりからより多くの日本の方々との関わりが生まれました。 それは2017年に、娘さんが深刻な交通事故に遭った一人のお母さんが、私の住む市の病院でその回復を待っているのを訪ねた時から始まりました。この方の経験されたことは私の想像を絶するものでした。言葉も完全にはわからない、全く知り合いもいない場所に、ただ苦しんでいる娘と共にいるために来られたのです。 今驚かされることは、この時はこの方との関わりにより、さらに多くの日本の方々やたくさんの他の関わりに導かれるとは思ってもみなかったことです。 ジャパンリーチの働きは一人に手を差し伸べることから始まり、今も同じです。この経験から、ジャパンリーチの宣教旅行は私が以前に経験したどんなものとも異なるものです。宣教旅行といえば、二週間ほどどこかに行きますが、そこの文化を学ぶこともなく、後々まで残るような地域の人々との関係を築くこともないことが往々にしてあります。ですから私たちのチームのメンバーには、人々とつながり、その方々の好きなことを知り、友となるように勧めています。人は関わりを求めるもので、誰でも自分のことを気にかけてくれる人を必要としています。 イエス様は人々の生活のただ中に入っていかれました。彼らの近くに行き、家に滞在し、共に時を過ごされました。一人ひとりの人生が大切であることを示し、一つの人生に良い影響をもたらすことで、より多くの人生にさらに良い影響をお与えになりました。 一人ひとりがかけがえのない存在 お寺におられた一人の女性との出会いはかけがえのないものです。 私たちと英語を話した学生は大切な存在です。 教会の近くのパン屋のご夫妻は大切な存在です。 91歳のバスを待っていた男性は大切な存在です。 チームのメンバーの一人と写真を撮るのを待っていた女の子は大切な存在です。 通りを歩いていた男性は大切な存在です。 ジャパンリーチがこれまで培ってきたように、私は一人とのつながりを築き続けていくでしょう。一人の方とのつながりを通して神様は素晴らしいことをなしてくださいます。もし、あなたもこの宣教旅行に参加することを決意されるなら、きっと後々まで続く貴重な関わりを築くことができるでしょう。 一切のことを、愛をもって行いなさい。(コリント人への手紙第一16:14) 祝福がありますように ティーナ Translated by Izumi Goto
Mission Trips This past year we went to Japan twice for mission work, cultural experiences, and of course meeting up with friends. Our first trip was in June with a team of nine. During this trip we mostly helped out Nishinada Christ Church with English outreach classes, children’s programs, and sharing our faith. Special Treat Through a series of connections prior to this mission trip a few of our team members had the privilege of meeting with some dignitaries from Hakusan. Where I live we have a sister city arrangement with Hakusan and our University. The time we spent there was lovely from beginning to end. We visited a Taiko drum factory, rode a ropeway up a mountain, ate authentic Japanese food, and visited a beautiful shrine. They treated us with extraordinary honor and kindness throughout the day. For me […]
日本では、大晦日の夜にお寺に行って鐘をつくという風習があると聞いています。鐘をつくのは仏教の教えにより、百八の煩悩を追い出し自分を清めるためで多くの人々がこの行事に参加しています。下の写真は私の友人が一昨年の大晦日にお寺に行った時のものです。真夜中に撮ったものなので少し暗くて申し訳ありませんが、この行事の重要さを現すために載せたものです。 私がこの仏教的な伝統行事について思い巡らすうちに、いくつかのことが頭に浮かんできました。そこで神の言葉(聖書)を通してそのことを見てみたいと思います。それは私に2020年のヴィジョンを与えてくれたものでもあります。 わたしの心を調べてください まず始めに心に浮かんだことは、神様に心を調べてくださいと願うことでした。新年を祝う時、わたしは普段は特に心の中に間違った道がないか、神様に尋ね求めたりはしません。 本当に感謝したいのは、日本の人々が欲望(煩悩)を人の心に見て、それを心に抱えたまま新年を迎えるのが好ましくないということを教えてくれたことです。 詩篇139篇23〜24節神よ 私を探り私の心を知ってください。私を調べ私の思い煩いを知ってください。私のうちに傷のついた道があるかないかを見て私をとこしえの道に導いてください。 本当は神様だけが私達の心の奥深くにあることを真に知っておられます。新年を始めるにあたって、恐れないで神様に心を調べていただくよう願いましょう。神様は私達を愛し、私達の人生に最善を願っておられるのです。 清められることを願うこと 2番目には、清められることを願うことです。私はまた、日本の人々が清い心を願う様子が好きです。実はこれは私が日々の生活のなかで最も願っていることでもあります。清い心を持っているととても気持ちが良いものです。私は特に、恨みや憎しみ、赦せない心、またその他のみにくい思いを持ったままでいるのが好きではありません。そんな思いを抱えたまま生きることは難しいことです。これらの思いを捨て去る最善の方法は、神様に私のうちに清い心を造ってくださいとお願いすることです。神様こそがまず初めに私達を造ってくださった方ですから、必ず私たちの心に清い心を造ってくださるでしょう。 詩篇51篇10節神よ 私にきよい心を造り揺るがない霊を私のうちに新しくしてください。 イエス様 最後に、1番大切なことは、新年にイエス様を讃えることです。私は清められることを願っても、いつも失敗もします。私達はみな失敗もするし、完全に清くなることはできません。私の人生において1番大切な方、イエス様を除いては。 神様は人の心にある悪い思いを完全に捨て去るためには私達自身の力よりも大きな力が必要であることを知っておられました。私が知っている答えはイエス様です。私やこの世のすべての方々にとってもイエス様が答えであり、私達を完全に聖くしてくださいます。イエス様の故に、私達はこの新年を祝うことができるのです。 親愛なるイエス様私の心の中にある悪い思いを取り去ってください。私に聖い心を造ってください。私はこの新しい年、もっともっとあなたのようになりたいです。 新年に、祝福がありますように! ティーナ Translated by Izumi Goto
I have heard it is especially common to visit the Buddhist Temples in Japan on New Year’s Eve to ring a bell. The reason for ringing the bell is to purify yourself of the 108 worldly desires of the human heart according to the Buddhist religion. Therefore many people gather to be a part of these ceremonies. Below is a picture of the temple my Japanese friend visited this past New Year’s. I posted it to illustrate the magnitude of the gatherings. Sorry it is a little dark. The picture was taken in the middle of the night. Several things came to my mind as I was pondering this Buddhist tradition. I try to look at everything through the lenses of God’s word. It gives me 2020 vision for 2020. 🙂 Search my Heart The first thing that came across […]
Wonderful! I am so glad it was a blessing to you and Kyong. My desire is for my blogs to encourage people and bring them close to Jesus. We serve a God who loves us so much. Love and Blessings to you and your wife.
Thank you, Tina That is a amazing testimony Share to us. Wife and I are able to crying and happy. Even we are in isolated situation in Athens, Greece. You made it changed in graces.
Thank you, with love you.
Daniel & Kyong
Thank you my sweet friend!
❤❤❤
Amen!! I am glad we made a connection. Maybe someday you can go to Japan with us. 🙂